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都心から車を走らせること、約3時間。のどかな田園地帯が広がる、静岡県芝川町。豊かな自然に恵まれたこの土地に、お目当ての「ビオファームまつき」はある。
到着するとすぐ、農場のオーナー・松木一浩さんが私たちを出迎えてくれた。着古したトレーナーにキャップを被り、ドロだらけの長靴…というスタイルが、何ともサマになっている。
名刺に書かれた肩書きは、「農民」。飾りなく、直球に記されたその2文字には、どこか誇りと自信を感じる。
それもそのはず。松木一浩さんは、以前、フレンチレストランの最高峰「タイユヴァン・ロブション」の総給士長まで務めた輝かしい経歴の持ち主。それが一転、40歳を機に農民となったのだ。
「以前から田舎暮らしに興味がありました。そして、昔から食べることが大好きだったんですね。いつも、これからも美味しいものを食べていたい。だったらいっそのこと、東京を離れ農家でもしよう、そう思ったんです。周りには散々とめられましたが、迷いはありませんでしたね」。
「今も後悔はない」と、語る松木さんの瞳には、変わらない農業への強い思いを感じる。 |
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ビオファームまつきでは、1.8ha(5,400坪)の畑で輪作体系をとり、農業資材も含めて出来るだけ環境に負担のかからない有機農法に取り組んでいる。完全無農薬で少量多品目栽培。現在作付けしているものだけでも30品目、年間60品目というから驚きだ。
有機農法。食の安全性が問われる中、飾り付けられた「有機」「無農薬」という言葉に、私たちは安心しているのかもしれない。言葉だけが独り歩きをしているようにも思える。
事実、有機農法の定義ははっきりしていない。基本的には、「合成化学物質を使わず、自然の物質を循環させて作物や家畜を育てる農業」だが、細部は団体や国によって異なるもの。
まつき流の「有機農法」とは、どのような方法なのだろうか。
「とうもろこしの澱粉で出来たバイオクリーンのマルチを使用したり、有機肥料を使ったりと様々な試みをしていますが、一番のこだわりは“土”ですね。
ここでは、小松菜を使って、栄養分のある土を見つける実験をしています。石灰や硫酸を混ぜ、何種類かの土からいいものを探すんですよ」。
こうした土壌診断は、誰かに学んだものではない。全てを独学でこなす。「こうだ」という正解を最初から求めず、常に新しい方法を探していく。今は、この実験をデータ化、数値化する作業をしている。
「長く農業をしている人は、全て自分の経験から判断していきます。それはすごく大切なこと。ですが、作業効率や安定性を考えたときにデータ化は必要だと思ったんです。まだまだ試行錯誤ですけどね」。
まつき流の有機農法が、農業に新しい風を吹かせる日も近いだろう。 |
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最初は、「生きていける分だけ食べていければいい」趣味として始めた農業だった。しかしその評判から、現在では「タイユヴァン・ロブション」をはじめ、都内有数のレストランから個人の家庭までに卸すようになり、農業をビジネスとして考えるようになったという。「始めは、田舎で穏やかに暮らしたい、シンプルに暮らしたいという気持ちからでした。ノウハウもわかり、食べてくれる方も増えた最近では、ビジネスとして成功させたい!という気持ちが強くなってきましたね」。
また、ビジネスとしてだけでなく、「自分の体験を伝えたい」と、今年の春から農業研修生を4名受け入れた。
野菜を中心に、松木さんの夢は広がっていく。
「この野菜たちを使った総菜屋を開いたり、親子の料理教室を開いたりと、ここにいるとやりたいことがどんどん増えていきますね」。 |

有機栽培の良さとは、食の安全性だけではない。真の良さは「美味しさ」にある、と私は思う。
訪れた5月初旬は、春野菜が収穫され、夏野菜の植え付けを始めるちょうど端境期。畑いっぱいの野菜の中で、獲れたてを味わう…、そんな願いは叶わなかったが、後日松木さんの育てた野菜と東京で出会うことになった。
東京・目黒区にある「root higashiyama」は、都内で松木さんの野菜が食べられるレストランの一つだ。
最初に口にしたのは、ロメインレタスのシンプルなシーザーサラダだった。
「うわっ、すごい…」。
口に入れた瞬間、野菜から発せられる力に驚く。
厚みのある柔らかい葉には、芯までしっかりついている。そして、この芯が甘くて美味しい。自然の恵みと栄養がギュッと凝縮された力強さと香り、しかしながら繊細さをも感じる野菜たち。どれもこれも自然の中で、自らの力を頼りに生き抜いてきただけあって、骨太だ。有名シェフがこの味を求めるのも納得がいく。 |
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噛み締めて、噛み締めて。
野菜を味わっていると、ふいに松木さんの笑顔を思い出す。
土や苗に向けられた厳しくもあり、やさしいまなざし。畑の中で見せる表情は、幸せに溢れていた。
「本当においしい料理は、食材から」。
本当にそうだ、と思う。松木さんという人と出会い、松木さんの育てた野菜たちを食べて心からそう思った。
野菜たちが、届けてくれる自然からのメッセージを是非一度聞いてもらいたい。 |
Text by Eri Kadono |
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