 |

「食らうのではなく、食は味わうものなのです」。竹之御所流精進料理の後継者である西井郁さんは、語る。
食事を始めてから最後のお茶を飲み終えるまで、気がつけば優に2時間が過ぎていた。
三光院(東京・小金井市)に訪れた人は、皆驚くに違いない。精進料理といえば、膳に並べられている姿を思い浮かべるがここは違う。
適度な間隔をあけ、一品一品大切に運ばれてくる料理はフレンチのコースを思わせる。料理に対しての説明も丁寧で細やかだ。 |
| はじめに運ばれてきたのは、最中とお薄。大徳寺納豆の塩気がほのかに感じられる最中に、ほどよい渋みの抹茶が、これから始まる料理の幕開けを清々しく飾る。 |
| 煮しめは、4種。大和芋の鳴門巻きに、高野豆腐、ごぼうと南瓜の薄炊きだ。この煮しめに何ともいえない味わい深さがある。特にごぼう。水とごま、生醤油で3時間かけて煮込まれたごぼうは、驚くほど柔らかい。ほろほろっと口の中でくずれ、ほのかな甘みが広がる。料理は進み、季節のものとして蚕豆の薄炊き、胡麻豆腐、茄子のおでん、…と、締めの筍ごはんまで計7品が続く。ゆっくりと、食らうのではなく味わう。 |
味と香りを生かすために、淡く炊き上げられているのが精進料理の特徴だ。
「甘味」「苦味」「辛味」などの五味が基本とされているが、精進料理では「淡味」を加えた六味。修行としての料理ということもあるが、食材そのものの味、香り、色を生かし、楽しむために淡く炊く。
だしは極力使わず、水と塩、砂糖が基本。「余計な調理料を使わないからこそ、自然の中で育まれた色をそのまま愛で、味わうことが出来ます」と西井さんは語る。
食材のほとんどが院内の畑で作られる。畑には、南瓜や蚕豆、枝豆、苺、お茶…と、様々な作物が実る。「時々、お客様を畑にお連れすることがあります。作物が実る姿を見ると、より一層食べ物へありがたみを感じ、美味しくなるのですよ」と西井さんは笑う。
三光院の中で、大切に大切に育てられたこれらの素材こそが、味の基本となるのである。 |
 |
|

一つ一つの料理に華やかさはないが、質素な中にも奥ゆかしい愛らしさがある。
それもそのはず、一口に精進料理と言っても、そこには実に様々な流派が存在する。三光院は「竹之御所流」だ。京都嵯峨野の尼門跡・曇華院の別称が竹之御所といい、仏門に帰依した姫君に由来する。
禅僧の修行の一つである精進料理に宮中文化の雅さが解け合い、生まれた料理なのだ。
「私たちは、“みやびさび”料理と位置づけております。“季節感”と“美しさ”を心がけて料理を作っております」。 |
 |
 |
そもそも西井さんは、フランス料理を専門としていた。
16歳のときにフランスへ渡り、親戚の下で過ごしながらフランス料理を学ぶ。帰国後は、フランス料理研究家として教室を開いていたが、次第に日本料理、とりわけ精進料理の道へと歩みを進めていく。
「日本に帰ってきて、住み、日本の文化を勉強したいと考えていた時でした。最も日本的なものは皇室かお寺であると思い、身近なお寺の世界へ飛び込んだのです。自然に恵まれたこの場所で暮らし、自然に合わせてお料理を作る。最近、“スローフード”という言葉をよく耳にしますが、お寺の暮らしは昔から今に至るまで、“スローフード”そのものなのです」。 |

心から落ち着いて食事をしたのは、いつのことだったのだろう。
三光院は、食事を味わうだけでなく、心豊かな一時を過ごすに足る空間だ。院に一歩足を踏み入れれば、溢れる自然が私たちを出迎えてくれる。風にゆれ靡く木々の姿や虫の音。普段の生活では感じ得なかった時の流れがここには存在する。食事の開始時間まで、のんびりと散策するのもいいだろう。
食事は、達磨大師が安置された部屋でいただくのだが、品良く並べられた調度品や、生けられた花々。こうしたしつらえが、食事の前の一時を奥ゆかしくも華やかに演出してくれる。
「衣食住の中で、食は特に大切なものだと思うのです。人は食べなければ死んでしまいますよね。生きるうえでなくてはならないものなのに、現代社会において、食はおろそかにされてしまっています。
世の中の風潮を変えることは難しいことですが、時々はゆっくりと美味しいものを味わっていただきたいのです。今までも、これからも皆様にそのような空間を楽しんでいただければ、と願っております」。 |
 |
 |
三光院が目指すべきところは、昔も今も変わらない。
「感謝の気持ちで料理を作り、感謝の気持ちでその料理をいただく」場所であり続けること。感謝の気持ちはもてなしの心にも通じ、自然と食べる人のことを考えた料理へと変わる。
料理の原点となる感謝の心。
三光院で過ごす一時は、忘れていた何かを思い出させてくれたようだ。
食前食後の挨拶は、決して合図ではない。
食べ物そのものに、食べ物が口に運ばれてくるまで関わっている全ての事象に感謝する気持ち。
「いただきます」。
「ご馳走様」。
武蔵野の地で、精進料理の精神に、日本の心を知るはずだ。■ |
泰元山三光院(臨済宗)
東京都小金井市本町3−1−36
TEL:042−381-1116(要予約)
コースは¥3000・¥4000・¥5000 ※今回は¥4000のコース |
Text by Eri Kadono |
 |
 |
|
|
 |